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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)4710号 判決

原告(反訴被告)

田中正吾

被告(反訴原告)

上地規之

ほか一名

主文

一  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)上地規之に対し一三九七万七〇〇五円及び内金一二九七万七〇〇五円に対する昭和五九年八月二九日から完済まで、被告(反訴原告)上地時枝に対し一四九七万七〇〇五円及び内金一三九七万七〇〇五円に対する昭和五九年八月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)らに対する別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく各損害賠償債務は、被告(反訴原告)上地規之に対しては一三九七万七〇〇五円を超えて、同上地時枝に対しては一四九七万七〇〇五円を超えていずれも存在しないことを確認する。

三  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)らのその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを四分し、その三を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第四項中原告(反訴被告)に訴訟費用の負担を命ずる部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 原告(反訴被告。以下、本訴反訴を通じ「原告」という。)の被告(反訴原告。以下、本訴反訴を通じ「被告」という。)上地規之(以下「被告規之」という。)に対する別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に基づく二〇八三万〇四七〇円の、被告上地時枝(以下「被告時枝」という。)に対する同事故に基づく二一六三万〇四六九円の各損害賠償債務は、いずれも存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告規之に対し、二〇〇五万五二一二円及び内金一九〇五万五二一二円に対する昭和五九年八月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 原告は、被告時枝に対し、二〇八五万五二一二円及び内金一九八五万五二一二円に対する前同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

被告らは原告に対し、本件交通事故に基づく請求の趣旨第一項記載の各損害賠償債務が存在するものと主張している。

しかし、原告の被告らに対する右損害賠償債務はいずれも存在しないので、その不存在確認を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

請求の原因事実のうち被告らがそのような権利を主張していることは認める。

三  本訴抗弁及び反訴請求原因

1  責任

原告は、別紙交通事故目録記載のとおり、甲車両を運転して本件事故現場付近を大里方面から鮒田方面に向かつて進行していたものであるが、右現場付近の道路は前方が右方に湾曲して見通しの悪い状況にあつたのであるから、このような地点に差し掛つた自動車の運転者としては、直ちに減速して指定最高速度三〇キロメートル毎時以下に速度を落した上、そのまま道路中央線左側部分の車線上を進行し、もつて対向車両との衝突を避け、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、時速約五五キロメートルに減速しただけで、対向車両はないものと軽信して道路中央線を越え、右側の対向車線に進入して進行した過失により、折りから道路中央線をまたぐ状態で前方より対向して進行してきた訴外須川博明運転の乙車両左前部に自車左前部を衝突させ、そのため、同目録記載のとおり、甲車両に同乗していた訴外亡上地英敏(以下「亡英敏」という。)に傷害を負わせ、これを死亡するにいたらせたものである。

したがつて、原告は、民法七〇九条に基づき、亡英敏の死亡により被告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。

2  損害

(一) 亡英敏分

(1) 逸失利益 五七七二万六五三九円

〈1〉 大阪府警察官としての給与相当分 四三七一万四一六七円

亡英敏は、本件事故当時、大阪府警察官として採用が内定し、昭和五九年一〇月一日から大阪府警察官として勤務する予定であつた。もつとも、採用が正式に決定する前にまだ身体検査が残つてはいたが、亡英敏の健康状態は良好であり、採用内定を取り消される可能性はなかつた。したがつて、本件事故がなかつたならば、亡英敏は、昭和五九年一〇月一日から定年によつて退職する(満六〇歳に達したのちの最初の三月三一日)昭和一〇一年三月三一日までの間、大阪府警察官として勤務し、別表1記載のとおり、職員の給与に関する条例(昭和四〇年一〇月二二日大阪府条例第三五号、以下「大阪府給与条例」という。)、職員の給料に関する規則(昭和四一年一月一七日大阪府人事委員会規則第一号、以下「大阪府給料規則」という。)等の法令に基づいて昇給、昇格を続けるとともに、それぞれの等級に応じた給与(月額給料のほか、調整手当、期末勤勉手当を含む。)の支給を受けることができたはずである。そこで、支給を受けるはずであつた右給与の総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡英敏の大阪府警察官としての給与分に関する逸失利益の死亡時点での現価を求めると、同表記載のとおり、八七一二万八三三四円となり、これから五〇パーセントの割合による生活費を控除すると、その額は、四三七一万四一六七円となる。

〈2〉 大阪府警察官としての退職手当相当分 六三七万九六九五円

職員の退職手当に関する条例(昭和四〇年三月二七日大阪府条例第四号、以下「大阪府退職手当条例」という。)等の法令によれば、亡英敏が〈1〉記載の期間大阪府警察官として勤務を続けた後定年退職するときは、前記退職時の給料月額三二万九七〇〇円に六〇(支給率)を乗じた定年による退職手当が支給されることになつており、その支給総額は一九七八万二〇〇〇円となる。そこで、右金額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると、次の計算式のとおり、六三七万九六九五円となる。

19,782,000×0.3225=6,379,695

〈3〉 退職共済年金相当分 三七二万九六一三円

地方公務員等共済組合法四四条二項、同法施行令二三条、同法施行規則二条の三によれば、退職共済年金給付額の計算の基礎となる平均給料月額は、在職期間中の給料(本俸)総額に一・二五を乗じ、これを在職月数で除したものとされている。ところで、亡英敏が大阪府警察官としてその在職期間中に得られるはずの給料(本俸)総額は、別表2記載のとおり一億一七二五万二〇〇〇円であり、その在職月数は四九八か月であるから、同人の平均給料月額は、次の計算式のとおり、二九万四三〇七円となる。

117,252,000×1.25÷498=294,307

そして、地方公務員等共済組合法七九条その他の法令によれば、亡英敏の満六〇歳(地方公務員等共済組合法七八条によれば、退職共済年金の支給開始時は六五歳に達したときとされているが、経過措置として、当分の間は六〇歳に達したときに年金が支給されることとされている。)から七三歳までの退職共済年金の額は、次の計算式によつて求められる。

(六〇歳から六四歳まで)

(294,307×1.5÷1,000×498)+(294,307×7.5÷1,000×498)+1,250×420=1,844,084

(六五歳から七三歳まで)

(294,307×1.5÷1,000×498)+(294,307×7.5÷1,000×498)+1,250×480=1,919,084

そして、亡英敏の満六〇歳から七三歳までに受け取るべき退職共済年金額の現価は、別表3記載のとおり、右の額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除したものであり、これから五〇パーセントの割合による生活費を控除すると、その合計額は三七二万九六一三円となる。

〈4〉 大阪府警察官退職後の逸失利益 三九〇万三〇六四円

亡英敏は、昭和四〇年六月八日生まれの本件事故当時満一九歳の新制高校卒の健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、大阪府警察官を定年により退職したのちも、満六〇歳から就労可能な満六七歳に至るまで稼働することができたはずであり、少なくとも、満六〇歳から六四歳までは昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・新高卒男子労働者の平均賃金(六〇ないし六四歳)年間三三一万六六〇〇円、満六五歳から六七歳までは同平均賃金(六五歳以上)年間二九七万〇三〇〇円の収入が得られたはずである。そこで、次の計算式のとおり、右の期間の総収入額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求め、これから五〇パーセントの割合による生活費を控除すると、その合計額は三九〇万三〇六四円となる。

{3,316,600×(23.5337-21.9704)+2,970,300×(24.4162-23.5337)}×(1-0.5)=3,903,064

(2) 慰藉料 一二〇〇万円

亡英敏は、高校卒業後大阪府警察官として勤務することが内定していた前途有為の青年であつたのに、本件事故によりその一命を奪い去られたものであつて、その無念さは測り難く、これら諸般の事情を総合考慮すれば、同人の精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は、一二〇〇万円を下回ることはない。

(二) 被告ら固有分

(1) 葬儀費用 七〇万円

被告規之は、亡英敏の葬儀費用として七〇万円を支出した。

(2) 弁護士費用 各一〇〇万円

被告らは、本訴の提起及び追行を被告ら訴訟代理人らに委任し、その報酬として各一〇〇万円を支払うことを約した。

3  相続

被告規之は亡英敏の父、被告時枝は亡英敏の母であつて、同人の死亡により同人の原告に対する損害賠償請求権を法定相続分に応じ、各二分の一ずつ相続によつて取得した。

4  損害の填補

被告らは、本件交通事故に基づく損害賠償として、原告及び訴外須川博明の自賠責保険からそれぞれ一四二三万二八〇〇円の保険金の、被告規之は、本件交通事故に基づく損害賠償として原告から一五〇万円の各支払を受けた。

5  結論

よつて、原告に対し、被告規之は、前記本件交通事故による損害賠償金三六五六万三二七〇円から既受領額一五七三万二八〇〇円を控除した二〇八三万〇四七〇円のうち二〇〇五万五二一二円及び弁護士費用を除く内金一九〇五万五二一二円に対する亡英敏死亡の日の翌日である昭和五九年八月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告時枝は、前記本件交通事故による損害賠償金三五八六万三二六九円から既受領額一四二三万二八〇〇円を控除した二一六三万〇四六九円のうち二〇八五万五二一二円及び弁護士費用を除く内金一九八五万五二一二円に対する前同日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

四  本訴抗弁及び反訴請求原因に対する原告の認否

1  本訴抗弁及び反訴請求の原因1の事実(過失の点を含む)は認める。

2  同2の事実中、亡英敏が本件事故当時大阪府警察官として採用されることが内定し、昭和五九年一〇月一日から大阪府警察官として勤務する予定であつたこと、同人が昭和四〇年六月八日生まれの本件事故当時満一九歳の新制高校卒の健康な男子であつたこと、被告らが被告ら訴訟代理人らに本訴の提起及び追行を委任したことは認めるが、その余の事実はいずれも争う。

亡英敏は、本件事故当時満一九歳の大阪府警察官採用内定者にすぎず、いまだ警察官として定着して勤務するには至つていなかつたものであるばかりでなく、もともと警察官は、その職務の性質上、一般の公務員と異なつて不規則な勤務も多く、そのため中途退職者も少なくないのが実情であるから、警察官に採用されたとしても転職の可能性が高く、反面、定年退職まで勤務を続ける蓋然性は著しく低いものというべきである。さらに、仮に定年まで勤務したとしても、警察官は退職後は年金生活に入るのが普通であるから、亡英敏も、定年退職後六七歳まで稼働するようなことはなかつたはずであり、また、退職共済年金は、退職公務員の「生活の安定の福祉の向上に寄与する」ために支給されるもの(地方公務員等共済組合法一条)で、その支給額は全額生活費に充てられるはずのものであるから、そこに得べかりし利益の喪失が生じる余地はない。

3  同3、4の事実はいずれも認める。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一本訴抗弁及び反訴請求原因について

一  本訴抗弁及び反訴請求原因事実中、1の事実(過失の点を含む)は当事者間に争いがない。すると、原告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任がある。

二  そこで、損害につき検討する。

1  亡英敏分

(一) 逸失利益

〈1〉 大阪府警察官としての給与相当分

亡英敏が昭和四〇年六月八日生まれの本件事故当時満一九歳の新制高校卒の健康な男子であつたこと、同人が本件事故当時大阪府警察官として採用されることが内定していた者であり、昭和五九年一〇月一日から大阪府警察官として勤務する予定であつたことは当事者間に争いのないところ、被告は、本件事故に遭わなければ亡英敏は確実に大阪府警察官に採用され、六〇歳の定年に至るまでその勤務を続けたはずであると主張し、原告はこれを争うので、まずこの点について検討するに、成立に争いのない甲第五号証の八及び証人宮崎年弘の証言によれば、亡英敏は本件事故当時、大阪府警察官に正式に採用されるまでのいわばつなぎとして、紀宝町農業協同組合においてアルバイト作業に従事中であつたこと、大阪府警察官として採用されることが内定した者は、身体検査において異常が発見された場合を除いて、その採用内定が取り消されたり、本採用が延期されたりするようなことはほとんどないことが認められるとともに亡英敏が当時健康な男子であつたことは前記のとおり当事者間に争いのないところであるから、本件事故がなければ、同人が一か月余ののちに大阪府警察官として正式採用されたことはほぼ確実であつたというべきである。さらに、亡英敏が大阪府警察官として正式採用された後、定年までの間四〇年余にわたつてその勤務を継続したはずであるとの点についても、事柄の性質上将来の予想にはかなりの困難が伴うものではあるけれども、大阪府警察官の一般的定着率、平均勤務年数等からその蓋然性について合理的な疑いが持たれるというのであれば格別、その点についてなんらの反証も見当らない本件においては、客観的に相当程度の蓋然性をもつてこれを推定することができるものといわざるをえないので、亡英敏の逸失利益については、大阪府警察官としての給与を基準とし、定年退職まで勤務を継続することを前提としてこれを算定するのが相当である。

そこで、以上のような前提に立つて亡英敏の逸失利益(給与相当分)について検討するに、成立に争いのない乙第一ないし第六号証及び証人宮崎年弘の証言によれば、大阪府警察官の給与等については、大阪府給与条例及び大阪府給料規則によつて法定されており、これによれば、新制高校卒の初任給は七等級四号で月額一一万円であり、六か月経過後七等級五号に昇給して月額一一万四三〇〇円となり、一年経過後七等級六号で月額一一万八五〇〇円となること、その後、後述の昇格等特段の事情のない限り、昇給後一年を経過するごとに一号俸ずつ昇給し、別表1の給料月額欄記載の月額給料が支給されること、七等級一二号になつて一年経過すると六等級一〇号に昇格し、同表の該当欄記載の月額給料の支給を受けること、月額給料以外に支給される手当としては給料の九パーセントに当たる調整手当と期末勤勉手当とがあり、後者の額は、年間月額給与(調整手当を含む)の四・九か月分で、六月期に一・九か月分、一二月期に二・五か月分(ただし、最初の期末勤勉手当は、通常の三〇パーセントに当たる額となる。)三月期に〇・五か月分が支給されること、正式採用後遅くとも一九年を経過した時に巡査長に昇任し、それに伴つて少なくとも五等級一七号に格付けされることにより同表の該当欄記載の月額給料の支給を受けることになるが、その後毎年の定期昇給により五等級の三八号に達してからは、一年六か月を経過しないと定期昇給しない取扱いになつていること、職員の定年等に関する条例(昭和五九年三月二八日大阪府条例第三号)により、大阪府警察官の定年退職の日は、本人が満六〇歳に達した日以後における最初の三月三一日と定められていることがそれぞれ認められる。

右の事実によれば、亡英敏は、本件事故に遭わなければ、昭和五九年一〇月一日から定年によつて退職することになる昭和一〇一年三月三一日まで、大阪府警察官として勤務し、その間、条例・規則に基づく定期的な昇給等による収入の増加を得ることもできたものであつて、その結果別表1記載のとおり(ただし、期末勤勉手当の欄中、番号1の額を一四万九八七五円と、番号2の額を二三万六七一五円と、番号3の額を六三万二九〇九円と、給与年額の欄中、番号1の額を八六万九二七五円と、番号2の額を九八万四二三七円と、番号3の額を二一八万二八八九円と、合計額を一億七九九七万六八四三円と、現価額の欄中、番号1の額を八二万七八一一円と、番号2の額を九三万七二八九円と、番号3の額を一九八万四二四六円と、合計額八六九六万四一一二円とそれぞれ改める。)、合計一億七九九七万六八四三円の給与(諸手当を含む)の支給を受けることができたものと推認することができる。そこで、これからホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその死亡当時の現価を求めると、同表記載のとおり八六九六万四一一二円となるので、右金額から経験則上五〇パーセントの割合によるものと推認される亡英敏の生活費を控除した四三四八万二〇五六円が亡英敏の満六〇歳までの逸失利益(給与分)ということになる。

〈2〉 退職後の逸失利益

亡英敏が本件事故当時満一九歳の新制高校卒の健康な男子であつたことは前記のとおりであるから、同人は、本件事故に遭わなければ、大阪府警察官を満六〇歳の定年により退職したのちも、少なくとも六年間は稼働することができたはずである。したがつて、この間に、少なくとも、当初の四年間は昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・新高卒男子労働者の平均賃金(六〇ないし六四歳)年間三三一万六六〇〇円の、その後の二年間は同平均賃金(六五歳以上)年間二九七万〇三〇〇円の収入が得られたものと推認することができる。そこで、右の期間の総収入額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその死亡時点での現価を求め、これから前認定の五〇パーセントの割合による生活費を控除すると、次の計算式のとおり、その逸失利益の額は二九三万七五五三円となる。

{3,316,600×(23.5337-22.2930)+2,970,300×(24.1263-23.5337)}×(1-0.5)=2,937,553

〈3〉 退職手当相当分及び退職共済年金相当分

被告らは亡英敏の逸失利益につき、大阪府警察官としての退職手当相当分及び退職共済年金相当分もこれに含まれると主張し、原告はこれを争うので、以下この点について検討する。

不法行為により死亡した若年者の将来の逸失利益の額の算定は、事柄の性質上きわめて困難であるが、それだからといつて、裁判所は、安易に逸失利益の額の算定が不可能であるとしてその請求を排斥し去るべきではなく、あらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を活用し、具体的事情に即した能う限りの蓋然性のある額を算出するように努めるべきであるとともに、右蓋然性に疑いがもたれるときは、被害者側にとつて控え目な算定方法を採用することによつて、より客観的で適正な逸失利益の額を算出するように努め、被害者の救済をはかるとともに、不法行為者に過当な責任を負わせないよう配慮すべきものである(最高裁判所昭和三九年六月二四日判決民集第一八巻第五号八七四頁参照)。

そこで、右のような見地に立つて本件を見るに、亡英敏が、本件事故当時満一九歳で、大阪府警察官に採用されることが内定しただけの者であつて、未だ正式採用されるには至つていなかつたこと、本件事故の一か月余りのちに大阪府警察官として正式採用されることがほぼ確実であつたこと、亡英敏が大阪府警察官として正式採用された後、定年までの間四〇年にわたつてその勤務を継続したであろうことが客観的に相当程度の蓋然性をもつて推定することができることはいずれも前記のとおりであるが、その蓋然性は、一度も現実に勤務したことのない者の四〇年もの遠い将来のことに関するものであるだけに、二〇年、三〇年と永年勤務を継続した者が定年まで勤務を継続するであろう蓋然性と比較するならば、かなり低いものといわなければならず、それだけ右蓋然性には疑いがあるといわざるをえない。そこで、前記判例の趣旨に従うならば、本件のような場合、亡英敏の逸失利益については、被害者側にとつて控え目な算定方法を採用するのが相当というべきところ、被告らの主張する退職手当及び退職共済年金は、亡英敏が将来大阪府警察官に採用され、将来四〇年余にわたつて確実に勤務を継続し、所定の期間共済掛金を徴収されたのちにはじめて給付されるものであるから、亡英敏が定年まで確実に勤務を継続するであろうことが相当の蓋然性をもつて推定されはするものの、なおその蓋然性につき疑いを払拭し切れない本件にあつては、これを逸失利益から除外することにより右逸失利益の額を控え目に算定することとするのが相当である。

そうすると、亡英敏が本件事故により失つた逸失利益の合計額は、結局、右〈1〉及び〈2〉の合計四六四一万九六〇九円となる。

(二) 慰藉料

前記のとおり、亡英敏は、本件事故当時大阪府警察官として勤務することが内定していた満一九歳の前途有為の青年であつたが、本件事故によりあえない最期を遂げたものであり、これにより深甚な精神的苦痛を受けたものというべきであつて、本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すれば、同人の右精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料としては、一〇〇〇万円をもつて相当とする。

2  被告らの固有分

葬儀費用

被告規之が亡英敏の父であることは当事者間に争いのないところ、この事実と弁論の全趣旨によれば、同被告が亡英敏の葬儀を執り行い相当額の費用を支出したことが推認されるところ、右葬儀費用のうち本件事故と相当因果関係に立つのは五〇万円と認めるのが相当である。

三  相続

被告規之が亡英敏の父であることに右のとおりであり、被告時枝が亡英敏の母であることは当事者間に争いのないところであるから、被告らは、亡英敏の死亡により、同人の原告に対する損害賠償請求権を法定相続分に応じて(各二分の一ずつ)相続によつて取得したものである。したがつて、被告らは、前記二1の亡英敏の原告に対する五六四一万九六〇九円の損害賠償請求権のうち、それぞれ二八二〇万九八〇五円の損害賠償請求権を相続により取得したことになる。

四  損害の填補

被告らが本件交通事故に基づく損害賠償として原告及び訴外須川博明の自賠責保険からそれぞれ一四二三万二八〇〇円の保険金の、被告規之が本件交通事故に基づく損害賠償として原告から一五〇万円の各支払を受けたことは当事者間に争いがない。そこで、被告規之の原告に対する前記損害賠償請求権二八七〇万九八〇五円から同被告に対する右既払額を控除するとその残額は一二九七万七〇〇五円となり、被告時枝の原告に対する前記損害賠償請求権二八二〇万九八〇五円から同被告に対する右既払額を控除するとその残額は一三九七万七〇〇五円となる。

五  弁護士費用

被告らが本訴の提起及び追行を被告ら訴訟代理人らに委任したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告らはそれぞれ被告ら代理人に対し、相当額の報酬の支払を約したことが認められる。しかして、本件事案の性質、審理経過、認容額等に鑑みると、右の各弁護士費用のうち各一〇〇万円がいずれも本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

第三結論

以上の次第であるから、被告らの反訴請求は、原告に対し、被告規之において一三九七万七〇〇五円及び内金一二九七万七〇〇五円に対する亡英敏死亡の日の翌日である昭和五九年八月二九日から完済まで、被告時枝において一四九七万七〇〇五円及び内金一三九七万七〇〇五円に対する右同日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告の本訴請求は、被告らに対し、右各金額を超えて本件交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求める限度で理由があるのでいずれもこれを認容し、(被告らが原告の主張するような権利主張をしていることは当事者間に争いがない)原告のその余の本訴請求及び被告らのその余の反訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

交通事故目録

一 日時 昭和五九年八月二一日午後一時二〇分ころ

二 場所 三重県南牟婁郡紀宝町高岡一二一五番地先道路上

三 甲車両 軽四輪貨物自動車(三重四〇と九六一六号)

四 右運転者 原告

五 右同乗者 上地英敏

六 乙車両 大型貨物自動車(三・一一や一七五四号)

七 右運転者 須川博明

八 態様 原告は、前記場所を大里方面から鮒田方面に進行中の甲車両左前部を対向進行してきた乙車両左前部に衝突させた。

九 結果 上地英敏は、頭部外傷V型、脳内出血、顔面頭部左上肢挫創の傷害を負い、同月二八日、右脳内出血により死亡するにいたつた。

別表1

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別表2

〈省略〉

〈省略〉

別表3

〈省略〉

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